枡野俊明著「片づける禅の作法」を読みました

  • URLをコピーしました!

枡野俊明さんの「片づける禅の作法」を読みました。

引用レビューします。

目次

 文庫化によせて

 私の仕事を手伝ってくれている禅僧の一人は、段ボール2箱分の荷物しか持っていません。きっかけは、禅寺で雲水修行した際に、最低限の私物で生活できたことにあるとのことでした。彼は、今の量で十分事足りていると言います。

 だからと言って、何も買わずに辛抱しているかといえば、そうではありません。必要なものがあればしっかりと吟味して、長く使える良質な物を買っています。

 真の豊かさとは、何でしょう。私は、本当に必要な物だけ、気に入っている物だけに囲まれて、日々心地よく暮らしていくことだと思います。

 そのためには、不要な物を手放し、身の回りをシンプルにすることです。 

はじめに

 今私たちは、とても便利な世の中に生きています。

 たくさんの物に囲まれ、物質的には恵まれた生活です。

 しかし私たちの心は、豊かでしょうか。  多くの人が気づいているはずです。たしかに物は豊かになったけれども、心の豊かさは得られなかったのではないかと。

 江戸から明治へ移った当時は、テレビもパソコンも、携帯電話もありませんでした。新幹線も、飛行機もありませんでした。

 もし物質的な豊かさが幸せの目安だとしたら、当時の人に比べて、私たちは何百倍も何千倍も、幸福感を感じていなければなりません。しかし、実際はどうでしょうか。

 自然を身近で感じながら、物を育てる喜びを体で実感しながら、あるいは、新しい国造りに人生をかけながら、懸命に生き抜いた当時の人たちの方が、もしかすると今よりずっと充足感を感じながら暮らしていたのかもしれません。

 では、今を生きる私たちが、心豊かに暮らすためにできることは何でしょう。

 それは、余計なものをそぎ落とし、不要な物を手放して、限りなくシンプルになることです。

 禅は、この「限りなくシンプル」になるための方法を教えています。

 いつの間にか身につけてしまった無駄な物を徹底的に捨て去ると、何物にもとらわれない「無心」の境地にたどり着けます。

 そこにあるのは、光り輝く本来の自分であり、今の生活に満足できる心です。 

本来の「もったいない」に気付く

 もったいないという気持ちがストッパーになって、捨てるべき物を捨てられない。そんな状況がよくあります。

 不要な物を捨てずに持っていたとしても、それは、物が本来果たすべき役目を果たさず、眠っている状態、デッドストックです。命を与えられ生まれたはずなのに、その命を生かせずにいる状況こそ、本当の「もったいない」ではないでしょうか。

 不用品の処分を先送りにしていると、心に弊害が生まれます。

 処分するべきものが目に入るたびに、脳裏には「まだそのままだ。いつか片づけなければ」という考えが浮かびます。その思いは一瞬で消えるかもしれません。しかし、何度も積み重なるうちに、心にボディブローのようなダメージを与えるのです。

 さっと片づけてしまえば、綺麗な部屋で、気持ちも軽やかに生活することができるのに、これこそ、とても「もったいない」ことです。

 この背景には、物を持っていることが豊かだという価値観があるのかもしれません。しかし、果たして本当にそうでしょうか。

 禅では、簡素な生活スタイルを重んじます。衣食住すべてにおいて無駄をできる限り排除し、シンプルに暮らす。そこに価値を見出します。

 そんな生活の中でこそ、精神が研ぎ澄まされ、真理へ近付けると考えるからです。

 簡素に暮らすと言っても、質の低いものや安価な物を我慢して使ったり、身の回りに置いたりするわけではありません。本当に必要なものであれば高価な物を揃え、その代わり大切に使い続けます。そこには、安い物を使い捨てるという発想も、不要な物を手元に溜め込んでおくという発想もありません。

 人が暮らす場所と心の有りようは、密接なかかわりを持っています。必要のない物に囲まれた部屋で暮らせば、心の中にも必要のない感情や疲れが溜まっていくのです。 

部屋の窓を開けて、清風を呼び込む

 朝の掃除を始める前に、必ずやっていただきたいことがあります。

 それは、部屋の窓をすべて開け放つことです。

 禅語には「清風」という言葉がよく出てきます。心を洗うような清々しい風のことです。

 朝の外気は、この清風そのもの。大きく深呼吸して、外の新鮮な空気を胸いっぱい吸い込みましょう。清風は、雑念や煩悩を吹き飛ばしてくれます。 

寝室は「引き算」で整え、すっきりさせる

 寝室には自分の好きな物や趣味の物を置いて、それらに囲まれて眠りたいという人もいるかもしれません。また、リビングや書斎に置けない物を寝室に置いているという人もいるでしょう。

 しかし、寝室にはできる限り物を置かないようにしたいものです。

 雲水は必要最低限の物しかない、すっきりした環境で寝起きしています。ですから、余計な物に煩わされることなく修行に専念できるのです。

 物を減らせば減らすほど、気持ちもさっぱりし行動にも無駄がなくなります。

 「足し算」ではなく「引き算」で寝室を整えましょう。

 一度、寝室の物をこれ以上減らせないというところまで減らしてみてください。そして、寝具をこまめに天日に干し、シーツやカバーは定期的に洗い、いつも清潔を保ってください。

 シンプルで快適な寝室がよい眠りを作り、よい明日を作ります。 

シンプルになると、本来の自分を取り戻せる

 執着やこだわりを手放す。欲や見栄から自由になる、無駄な物を捨てる、汚れやほこりを綺麗に取り去る。もう自分に必要のない物を手放し、住まいだけでなく心も掃除し抜いていく。そうすると、厚い雲に覆われて見えなかった「仏性」が表れてきます。それは、ひとかけらの曇りもない「本来の自己」です。

 不要な物をすべて捨て去りシンプルな状態になった時、見失っていた自分を取り戻すことができます。

 本来の自分を取り戻すと自由な境地が訪れます。そして本当に必要な物だけに囲まれて暮らす、穏やかな日々が始まります。 

「あれも、これも欲しい」から抜け出そう

 人の欲望にはキリがありません。欲しい物を手に入れても、そこで満足できず、すぐにまた次の物が欲しくなります。もっといい物、もっと新しい物…と、どんどん欲が出てきます。「絶対に手に入れるんだ」という執着心が生まれます。まさに「欲望のスパイラル」「執着のスパイラル」です。

 終わりのないこのスパイラルに入ると、なかなか出ることができません。今、自分がその中に入っていることにすら気づかない人が大勢います。

 そこから抜け出すためには、どうしたらよいでしょうか。それは、自分自身を見失わないことです。「本来の自分」はどう感じているか、何をしたいのか、また、欲しいと思う気持ちの裏には何があるのか、見てみることです。

 たいていの人は、まったく使っていない物や一度も袖を通していない服などを持っていると思います。なぜ買ったのに使わないのでしょう。それは、本当に必要ではないのに見栄や体裁、「欲しい」という欲で買い、ただ「持っている」ことに満足しているからです。

 もちろん生きていくためには、ある程度の「欲」は必要です。しかし、適量をわきまえることが大切です。先にも書いた「足るを知る」ことです。

 お釈迦様は亡くなる前に説かれた遺教経というお経の中で、「小欲の人は苦労が少ない、多欲の人は苦労もまた多い」と説かれています。 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次