中谷彰宏著「シンプルな人は、うまくいく。」を読みました

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中谷彰宏さんの「シンプルな人は、うまくいく。」を読みました。

1ページあたりの文字数が少なくて読みやすかったです。

引用レビューします。

目次

 ヒーローは、シンプル。悪役は、ゴテゴテ。

ヒーロー物には、必ず悪役が出てきます。

どちらがヒーローで、どちらが悪役かは、衣装を見ればわかります。

ヒーローはシンプルで、悪役はゴテゴテです。

世の中には、悪役でもないのに、わざわざゴテゴテを着ている人がいるのです。

宗教でも、神様側はシンプルで、悪霊側はゴテゴテです。

宇宙人も、良い宇宙人はシンプルで、悪い宇宙人はゴテゴテです。

そもそも人間の中に、「シンプルが善」という感覚が遺伝子に組み込まれているのです。

仕事や人間関係、恋愛でうまくいかないのは、複雑にするからです。

複雑にするから、疲れるし、うまくいかないのです。

シンプルな人は、余計なことはしません。

余計なモノも、持ちません。

だから、迷わない。

ストレスもありません。

身の回りや心の中のゴテゴテを捨てることで、シンプルになれるのです。 

捨てるのに、理由はいらない。

片づける時に、「捨てる基準が見つからない」という人がよくいます。

「仕方がないから捨てる」という発想なのです。

大切なのは、捨てる基準でなく、残す基準を持つことです。

捨てるのに、理由はいりません。

残すには、理由がいります。

ここが、意識の違いです。

残さないのが、基本です。

一期一会は、お坊さんの感覚です。

お寺は、がらんどうのところにありがたみがあります。

天井までモノがびっしり、仏像の隙間にまでモノが詰まっていたら、ありがたみはなくなります。

仏教芸術は、来る人たちが「ありがたいな」「信じようかな」「救われるな」という気持ちになる空間を造形化したものです。

あれこそが、シンプルであり、美しさであり、アートです。

人を感動させるもの、ほっとさせるもの、癒されるモノを具現化しています。

ところが、いったん家に帰ると、ギューギューにモノが詰まっています。

酷い人は、「まだまだ詰まる。ほら、綺麗におさまったでしょう」と自慢しています。

いつも「神様仏様」と拝んでいるくせに、自分の家が人に来てもらうようなありがたい場所になっていないのです。 

気に入っていないモノは、散らかる。

家の中が散らかるのには、法則があります。

気に入っているモノは、散らかりません。

気に入っていないモノは、散らかります。

ソファの上に、服が地層のように積み重なっているのです。

中から、三葉虫が出てきそうです。

結局、その程度のモノだと思っているからです。

お位牌が、その中から出てくることはありません。

大切なモノは、積み重ねることなく、きちんと置くようになるのです。

安物買いをしていると、家の中が散らかります。

気に入っていないモノは、家に置かないようにします。

「捨てる」という言葉に罪悪感がある人は、「置かない」と言い換えればいいのです。

いただき物や、高いモノは、なかなか捨てられません。

そういう時は、自分の趣味、嗜好、こだわりを優先します。

趣味に合わないモノを取っておくと、家は散らかります。

散らかっても、本人の意識の上では平気です。

無意識のところにストレスがかかって、イライラし始めるのです。 

何もない空間を、リスペクトする。

西洋人は、日本の絵画を見ると驚きます。

水墨画も、日本画も、何もない空間があるのです。

西洋の絵画は、何もないところにも黒をべったり塗り込みます。

そうしないと、宿題を途中で出したという状態になるのです。

「何もない空間は、何もないのではない」というのが、日本の美意識です。

何もないところに空間の奥行きがあり、時間の流れがあるのです。

何もない空間を、どれだけリスペクトできるかです。

ゴテゴテの人は、ビュッフェで料理をお皿に山盛りに乗せます。

一部分は、手に乗っている状態です。

それが、家でも、服でも起こります。

料理の盛り付けをすると、その人がシンプルかゴテゴテかはだいたい分かります。

どれだけ、ホワイトスペースを取れるかです。

男性の場合は、それが手帳で起こります。

手帳がびっしり埋まっていると、何となくほっとするのです。

女性の場合は、ビュッフェで、「唐揚げがもう1個のる」とギューギュー乗せるのです。

ビュッフェに行くと、よく床に唐揚げが落ちています。

しかも、唐揚げコーナーの近くではありません。

まるで超常現象のように、かなりかけ離れたところに落ちているのです。

シンプルな人は、ホワイトスペースにある時間と空間を味わえるのです。 

1度パスした服は、永遠に着る機会はない。

出かける時の服選びで、1回着て「これはいまいちかな」と却下することがあります。

その服が、常にクローゼットのローテーションの中に残っています。

1度パスした服は、永遠に着ません。

仕事やデートで着ようとして「これはダメだな」と思ったら、取っておかないことです。

「残す基準」は、好きな人です。

服なら、好きな人に会う時に、着て行けるかです。

モノなら、好きな人に見られても、自己肯定感が下がらないかです。

着ようとした服が、少し汚れていることもあります。

値段的には、結構高い服です。

その時は、「クリーニングにシミ抜きに出そう」と思います。

それを出し忘れて、また着てしまうのです。

シミがついていたら、即、メンテに出します。

クリーニング屋さんに「これは取れないですね」と言われたら、「捨てる」という判断をします。

着ない服を捨てることで、クローゼットの中身は半分以下になるのです。 

安い服を毎日着替えるより、いい服を毎日着る。

「毎日違う服で会社に行かなければ」と思っている人が多いのです。

これは、大きな錯覚です。

「昨日と同じ服を着ていったら外泊したと思われる」という思い込みがあるのです。

毎日違う服を着ていこうとすると、たくさんの服が必要になります。

予算は限られているので、1つ1つのクオリティーは下がります。

幸か不幸か、今の時代は服の値段は下がっているので、たくさん買えるのです。

結果、安い服をたくさん抱え込むことになります。

シンプルかどうかは、頭の中の考え方の問題です。

「毎日、違う服を着なければいけない」「昨日と同じ服を着て行ってはいけない」という思い込みから、抜け出すことです。

捨てるのは、服よりも、まず、思い込みです。

レベルの高い同じ服を続けて着て行っても、「外泊した」という人はいません。

毎日違う服を着ても、レベルの低い服ばかりでは評価されないのです。 

捨てることで、服の最低レベルを上げる。

オシャレになるための方法は、手持ちの服の、

  1. 最高レベルを上げる
  2. 平均レベルを上げる
  3. 最低レベルを上げる

という3通りがあります。
一番オシャレになるのは、最低のレベルを上げることです。
間違っている人は、オシャレな服を、もっとオシャレにしようとします。
その人の印象は、その人が持っている一番ダサい服で決まります。
それを着ているところを見られたら、終わりです。
平均は、関係ないのです。

宅配便屋さんが、荷物を届けに着ます。

油断して、家で着ている一番ダサダサ野服で玄関に出ます。

これで、宅配便屋さんの印象は決まってしまいます。

ダサダサの服の行動半径は、郵便受け→ゴミ出し→コンビニと広がって、とうとう電車に乗ってしまいます。

オシャレになるためには、予算はいりません。

ダサい服を、捨てればいいのです。

捨てれば、着ません。

あるから、着てしまうのです。

捨てることは、オシャレになるための近道でもあるのです。

ゴテゴテが、ファッショナブル。シンプルが、スタイリッシュ。

「ファッショナブル」と「スタイリッシュ」とは違います。

ファッショナブルは、何かを乗せておしゃれになろうとすることです。

スタイリッシュは、何かを引いてオシャレになろうとすることです。

「ゴテゴテ」と「シンプル」の違いです。

ファッショナブルは、流行のファッションを追います。

スタイリッシュは、流行に左右されません。

ファッショナブルよりも、スタイリッシュを目指すことです。

自分のスタイルに合うモノだけを、選びます。

流行を追ってヘボいモノをたくさん持つことより、自分のスタイルに合ういいモノを数少なく持つことが、シンプルでスタイリッシュな生き方なのです。

試すことで、捨てることができる。

「したいことがたくさんある」という人は、何もしていない人です。

試さないで「したい」と思うことと、実際に試して「し続けたい」と思うことは、まったく違います。

「ピアノを習いたかった」「バレエを習いたかった」「バイオリンを習いたかった」と言っている人は、実際に習って、それを10年20年続けるよりも、三日坊主でやめてしまう確率の方が圧倒的に高いのです。

試してみて、「こんなものか」ということに早く気づくことです。

これが、シンプルな生き方です。

そうすれば、捨てられます。

「○○さえあれば、うまくいくような気がする」と思っている人は、永遠に捨てられません。

試していないことは、心の中に未練として残ります。

2択にならない問題はない。

何かを決める時に、選択肢が増えて行くと決められなくなります。

人間は、選択肢が3つになると決められなくなるのです。

今、世の中が多様化して、選択肢はどんどん増えています。

実は、問題を考える時に、あらゆることは2択に集約されます。

何かうまくいかないことがあるときに、最初の2択は、諦めるか諦めないかです。

諦めなければ、1つ前に進みます。

次の2択は、今までのやり方を続けるか、新しいやり方にするかです。

今までのやり方では、やっぱりうまくいきません。

新しいやり方をするにも、AとBの2択になります。

これだけのことです。

シンプルな人は、常に2択です。

2択して、1つ1つクリアしていきます。

ゴテゴテの人は、物事をなかなか決められません。

頭の中で、わざわざ選択肢を増やしています。

「諦めるか諦めないか」「新しいやり方か前のやり方か」「AにするかBにするか」と、無限に枝分かれした選択肢を同時に考えてしまうのです。 

軸とは、それが叶えば、他のすべてを犠牲にできることだ。

たとえば不動産屋さんに行ってマンションを探します。

「新築が良い」と言いながら、値段を提示されて「もっと安いところはないの」という人がいます。

それなら、最初から予算を言った方がいいのです。

「その予算なら、駅から遠くなります」

「駅から遠いのは、ちょっと」

「それを先に言ってくださいよ。駅からどれぐらいがいいですか」

「駅から5分」

「駅から5分だと、都心から2時間になります」

「それもちょっと」

この人は、軸が定まっていません。

不動産屋さんも、時間を奪われるだけです。

良い物件は、他のお客様に回されます。

「給料の良い仕事を紹介して」と言いながら、紹介された仕事に「休みが少ない」と文句を言う人は、仕事を紹介してもらえなくなります。

「休みは少なくても給料が良い」、または「給料は安くても休みが多い」のどちらか、軸をはっきりさせることです。

「シンプルである」ということは、「軸が決まっている」ということです。

軸が決まっているから、右往左往せずに生きられるのです。 

「絶対」が、行動をゴテゴテにする。

何でも、とりあえず始めればいいのです。

「絶対」という言葉は、いりません。

究極、シンプルな人が目指すラインは、3割です。

「絶対」というタイプは完璧主義なので、目指すラインは100%です。

100%を目指すと、物事を始められません。

「絶対」「必ず」というと、自分の行動にブレーキをかけます。

シンプルというのは、スッと始まってスッと終われることです。

「絶対」や「必ず」は、太平洋戦争中に「一億玉砕」と言った大本営が好きな言葉です。

戦争は終わっているのに、まだ個人的に大本営の生き残りのような人は、「絶対」と言います。

これは優等生の発言に多いです。

完璧を目指して、すぐに動かないのです。

シンプルな人は、「絶対」「必ず」とは言いません。

何事も、スッと始められます。

スッと始めることで、伸びるのです。 

「絶対」「必ず」と言って力むタイプは、スッと始められません。

「絶対」「必ず」と言う言葉が、ブレーキとなって、始められないのです。

ゴテゴテの人は、摩擦が大きくて、すぐ動かない車輪と同じなのです。

言葉数を減らすのが、プロの技だ。

デザインで考えると、シンプルというのは究極の進化した形です。

デザインは複雑になると進化しているというのは、思い込みです。

画家が描いているときは、ひたすら削ぎ落とす作業をしています。

習作はもっといろいろなモノを描いていますが、どんどん削ぎ落としていくのです。

僕が鉛筆画を描く時でも、後半にずっと持っているのは消しゴムだけです。

「この線いらない、この線いらない」と消していく作業をします。

シンプルなデザインが、一番強いのです。

あらゆるモノは、洗練されればされるほどシンプルな形になります。

シンプルからゴテゴテにするのではなく、ゴテゴテからシンプルに変わるのです。

究極のシンプルは、俳句や広告のコピーです。

100万ページを使うよりは、一言ズバッと言われる方がズシンと来て、「何か腹に落ちました」となります。

言葉数を減らしていくのは、大変です。

これが、プロの技になるのです。

100万ページかかるモノを、いかに1行で言うかというところに、プロは賭けます。

「その言葉がきっとあるはず」と突き詰めます。

どんどん言葉を削ぎ落としていくのが、シンプルな形です。

シンプルなモノは、素人が見ると「あんなの誰でも書けるよ」と言われます。

究極、それが一番難しいのです。

できることから、する。

シンプルな人になるためには、できることからするのが一番いいです。

「まずは服装から変えよう」と思う人は服装から、「ちょっと部屋を片付けよう」と思う人は片づけから、「文章が長いのを短くしよう」と思う人は、文章を短くするところから始めます。

自分のとっかかれるところから、始めればいいのです。

僕は、シンプルになるためのいろいろな方法を教える中で、余計なことをしないように導いています。

ゴルフのレッスンでも、コーチャーはその人が持っている変な癖を取り除きます。

ボイストレーニングも、その人が声を出す時に変にかかっている力を抜く作業をしているのです。

「どこに力を入れればいいか」ではなく、「どこの力を抜いていくか」に目を向けることです。

仕事でも、すでに十分頑張っているのにうまくいかない人がいます。

それは、変なところに力が入っているからです。

いらない力をどんどん抜いていくことで、シンプルになれるのです。 

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