枡野俊明著「生きるのがラクになる椅子坐禅」を読みました

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枡野俊明さんの「生きるのがラクになる椅子坐禅」を読みました。

引用レビューします。

目次

 わたしだけがこんなにつらいのはなぜ?

 つらい、苦しいと感じたとき、誰もが「なぜ、自分だけが」と思うものです。しかし、悩みや苦しみがないという人はいません。なぜなら、生きているということ、それ自体が悩みや苦しみをもたらしているからです。逆に言えば、悩んだり、苦しんだりするのは、生きている”証”と言ってもいいですね。

 みなさんは【四苦八苦】という言葉を知っているでしょう。これはもともと仏教の言葉で、四苦とは”生””病””老””死”の四つ。あとの四つの苦しみは【愛別離苦】【怨憎会苦】【求不得苦】【五蘊盛苦】です。こちらは順に「愛する人と別れ、離れること」「恨み、憎んでいる人と会うこと」「求めるものが得られないこと」「私たちの体も心も思うようにならないこと」を意味しています。

 お釈迦様はこの八つの苦しみをはじめとして、この世は苦に満ちているとおっしゃいました。その中で生きている私たちがいつも苦に直面するのは、ツキがないわけでも、不運を背負い込んでいるわけでも、なんでもない。むしろ、自然なこと、当然のことなのです。 

どうしたら生きるのがラクになるのか?

 怒りでも哀しみでも、他の感情でも、心に生じたまま放っておけばいいのですが、 それがなかなかできない。早く静めよう、何とか抜け出そうとして、あれこれと思いを巡らせるから、いつまでもそこから離れられなくなるのです。

 そんなときは『坐禅』がスイッチになります。坐禅をすると”無心”になるといいますが、無心というのは心にどんな感情も思いも”ない”ということではありません。いろいろな感情や思いは浮かびます。しかし、それらがとどまることがないのです。浮かぶままに、消えていくままに任せる。坐禅で無心になるとは、そういう心の有り様をいうのです。

 感情や思いがとどまることがなければ、それらにとらわれることも、振り回されることもありませんから、心はいつも穏やかでいられます。生きるのをラクにしてくれるのが、その穏やかな心。坐禅は穏やかな心を手に入れる、最も有効な実践です。

時間に追われる生き方をしていないか?

 禅には【即今】【当処】【自己】という言葉があります。いま(即今)、ここで(当処)、自分が(自己)、やるべきことをひたすらやることの大切さをいったものですが、そうしていれば、時間に追われて焦りを感じたり、苦しくなったりすることはないのです。多忙さの中にいても心安らかでいられる。曹洞宗の坐禅は【只管打坐】、ただひたすら坐ることを重んじています。坐禅をして、ものごとを”ただ、ひたすら”することを体感して、日々の生活に生かしませんか?いつでも”そのこと”に打ち込んでいたら、悩みも苦しみも、心に入り込む余地はないのです。 

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