やましたひでこ著「新・片づけ術 断捨離」を読みました

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やましたひでこさんの「新・片づけ術 断捨離」を読みました。

引用レビューしていきます。

目次

「断捨離」とは”片づけない片づけ方”

「片づけ」

必要なモノの絞り込み作業。絞り込む際の軸は、「自分とモノとの関連性」そして「今」という時間軸。つまり、そのモノと自分が今、生きた関係かどうかを問い、取捨選択していく行動。

(中略)

 時間は「今」の連続ですから、その生きた存在のモノは常に更新されていきます。つまり、常に入れ替え=新陳代謝です。そしてさらに、その片づけ作業を真剣に行っていくと、自然とモノを取り入れるのも吟味するようになります。なぜなら、いかに余計なモノに囲まれて生活しているかがよくわかり、本当に気に入った、必要なモノしか欲しくなくなるからです。これが「断」の状態。断捨離とは、この「断」と「捨」を行うことで至る、モノの執着から離れ、軽やかで自在な状態(=離)と定義できます。 

片づかない部屋を便秘に例えてみる

 ここで部屋を腸に例えてみましょう。こうして、何らかの理由で捨てられずに堆積したモノが、次から次へと入ってきて入ってきて、出ていかない。つまりこれ、便秘状態ということです。食べて食べて便秘。これって心地よいですか?しんどいですよね。でもその状態が続くと1週間出なくても平気というように症状が進んでしまうことも。気持ち悪いことを気持ち悪いと感じなくなるというのは、体のセンサーがおかしくなっている状態。つまり、部屋にモノが堆積しているのに慣れきっているのは、便秘で感覚麻痺を起こしていることと相似形なんです。 

「自分軸」のコツ~主語がどこにあるのか問いかける~

 ここに私が使っている眼鏡があるとします。

 これをあなたに「どうぞお使いください」と言っても使いませんよね。じゃあこの眼鏡は「使えない眼鏡なのか?」と聞かれたら使えないわけではない、使用可能という判断がくだります。同じ使用可能なモノでも、人によって真逆の判定になります。つまり、使用可能であることと「私が使う」ことは違うわけです。

 ところが家の中には「使用可能」というだけで取っておいているモノがたくさんありませんか?

(中略)

 でもそれは、モノが主役の状態。眼鏡の例でもわかるように、本来モノは「私が使う」から価値がある。ところが多くの人は「眼鏡は使える」という風に、モノが主語になっているんですね。主役の座をモノに明け渡している、モノに焦点を合わせている状態です。 

大量にモノを自分に与えない

 私たちが行動しなくなる大きな原因と言うのに選択肢が多すぎると何も選べなくなるという、「決定回避の法則」というのがあるそうです。20も30もあるところから何かを選ぶのは、把握するのも億劫です。私などは面倒くさがり屋なので、居酒屋の膨大な品数メニューを見るだけでくらくらしてしまいます。ところが「松・竹・梅」とか「A・B・C」の3種類に絞ってあれば選べるのです。

 少し余談ですが、子供というのは、何でもかんでも与えると、主体性のない、選択能力の低い人に育つそうです。口ぐせが「べつに…」という子供が周りにいませんか?与えられすぎると自分に必要なモノが何か考える回路ができなくなってしまうのですね。「三つまでは持っていい」「三つの中から選ぼう」「三つに分けよう」…そうするととってもわかりやすいし、行動もおこしやすい。 

やましたさんの断捨離本は2冊目なので、重複するところが多く少なめの引用となっています。

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